ため息というワードはどうしてもネガティブに捉えがちだけど、遠慮なくため息をつくことって案外大事だなと思います。人前ではやらないけど、ため息をつきたくなるなら、別に無理をしないでその気分に素直に従ったほうが健全なんじゃないかって。部屋で感情にまかせて気の済むまでため息をつきまくることもあります。

 

 

社会情勢がどうであっても、私はできる範囲でできることをして、日々の生活の中で楽しみを見出していくのみ。だけど全くの無関心ではいられなくて、別にどうするわけでもどうなるわけでもないんだけど、ため息をつくことが多くなりました。

 

悲しいものは悲しいし、辛いときは辛いし、気分が落ち込むときは落ち込むし。ため息もつきたくもなるし。そのときは自分なりの方法できちんと吐き出していかないと、自分ではいられなくなるような気がするのです。

 

ため息をどうするわけでもないけど、ため息を断ち切るように勢いまかせて茗荷を切っていて、調子づいたところで包丁が爪を直撃。痛みも血も出なかったけど爪が割れました( ̄▽ ̄)  そんな日もあるね。

 

 

そういえばハムではないけどブロックベーコンも使ったんだけど、少し厚めに切るとかそういう心境にはならなかったなと、今こうやって書きながら思ったりします。状況にも人にもよるところなので、だからどうってことはないんだけどね。