ウチの近くの道沿いにたくさんの紫陽花が植えられているのですが、数日前から少しずつ剪定作業をしているようで、日ごとに株が綺麗に刈られています。

 

昨日、その場所を車で通りがかったとき、ちょうど花 (正確には萼(がく)) の部分を切り落としているところでした。瞬時に、紫陽花の首をはねていると思ったのは、それだけ「紫陽花の首をはねつつ」が印象深かったのだと思います。大きな刈り込みバサミでチョキンとしていたから余計にね、なんか重なってしまったんですよね。

 

 

「これがかの男ならば」に誰を重ねたのかはわからないけど、私にとっての「かの男」は誰なのか・・・。歴史上の人物からかつての上司、そしてタイムリーなあの人までいろんな顔が浮かんできました。もしもそうならどうなっていただろうというただの妄想です。

 

「首をはねつつ」という言葉のインパクトもさることながら、結句の「思うてならじ 」から否応なしの抗えなさが伝わってくるところにリアルを感じます。