https://irorio.jp/nagasawamaki/20181123/506428/

 

というわけで、まさに1000年前の今日、藤原道長が「この世をば我(わ)が世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば (この世は自分(道長)のためにあるようなものだ  望月(満月)のように何も足りないものはない  Wikipediaより)と詠んだのですね。

 

「この世は自分のためにある」と、山本リンダばりにスパッと言い切ってしまうところが凄いよね。(笑)

 

藤原道長と言えば、三人の娘を天皇に嫁がせ「一家三后」を成し遂げた権力者。源氏物語に出てくる光源氏のモデルとも言われていましたよね。今は、源融(みなもとのとおる)説が有力みたいですが、道長といえばどうしても光源氏のイメージと重なります。

 

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権力があって何もかも手にできても、欲望というのはキリがないですからねぇ。もっともっと・・・と、なかなか道長のように「何も足りないものはない」と思えなかったりするのかもしれないですよね。そういえば、元上司からの年賀状に、毎年のように「『足るを知る』が目標です」と書かれてあったことを思い出しました。

 

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今、ちょうど窓から月が見えていてとても綺麗です。1000年前に道真が見た月もこのような月だったのかもしれませんね。

 

 Wikipediaより