先日、方広寺龍潭寺と行きましたので、湖北五山を制覇すべく、魔訶耶寺、大福寺、宝林寺を参拝してきました。

 

魔訶耶寺(まかやじ)

神亀3年(726)、行基菩薩によって新達寺という名で富幕山にて開山されました。その後、新達寺は富幕山から千頭ケ峯の観音岩へ場所を移すと真萱寺と名を変え、平安末期に今の場所に移されました。

 

 

西国三十三観音石仏 百観音巡礼石仏

 

本堂

おり上げ式格天井

よくみるとものすごく凝った造りをしています。このような造りは、格式の高い寺院にしか作られないそうで貴重です。

 

本堂格天井図

江戸時代のものですが、当初から一度も修正を加えていないのだとか。総ケヤキです。

 

おびんずるさま

16羅漢のひとりで、元医者というおびんずるさま。体の治してほしい場所を触るとご利益があるということで、あちこちべったりと触ってきました。

 

葵の御紋

徳川家の家紋でおなじみの「葵の御紋」魔訶耶寺は、この御紋を許された由緒あるお寺。三方ヶ原の戦いで武田軍によって焼失されてしまった寺院を、江戸時代に徳川家の家臣である近藤用行公によって現在地に再建されました。

 

 

撮影禁止の部屋では、阿弥陀如来像、千手観音像、不動明王といった貴重な国指定重要文化財を間近で見ることができました。

 ※公式ページより

また同じ場所で、特別公開の「愛染明王座像」も拝見できました。

 

 

近藤夫妻のお墓

近藤用行の長男・用高公によって建立されました。

 

庭園

庭園に向かうと、1人の年配の男性がちょこんと椅子に座っていていろいろと説明してくれました。それ以前にもやって来る人みんなに説明していたようで、関係者かボランティアガイドの方かなと思ったけどどうやら違うよう。近くに住む一般の方で、ただ好きでやっているみいです。

 

こちらは、座視鑑賞式池泉庭と呼ばれる庭園です。

 

座視鑑賞式というのは、文字通り座って鑑賞するという意味でどこに座るのかというと・・・。

 

こちらの茶室です。

このときは閉まっていましたが、この茶室に座って眺めるというのが本来のスタイル。私達は、手前にあるベンチに座って語らっておりました。

 

年配の男性
昨日だったら開いていて、五平餅なんかも売っていた

 

とのこと。ちなみにこの茶室が開けられるかどうかは住職のきまぐれだそうです。

 

 

年配の男性
ワシが子供の時分は(庭園は)竹藪だった
だっさん
へぇ
年配の男性
それがオリンピック開催のときに、庭園が発掘された。オリンピックといえば政府は何かしたいと考える。何をしたいと思ったか。ひとつは東海道新幹線。もう一つは・・・
だっさん
あー高速
年配の男性
そう、東名高速道路。すぐそばにあるら?

 

その東名高速道路を造る関係で、たまたま来ていた男性がこのあたりで昼食をとっていたときにただの竹藪にしてはなんか変だぞと疑問を持ったのが、この庭園が発掘されるきっかけになったのだそう。

 

年配の男性
なんで変だと思ったか。わかるかん?
だっさん
なんでですか?

年配の男性
平地じゃなくあんな風に山になってたり、あんな石がゴロゴロあったりするのはおかしいじゃないかって

ということで、専門家に見てもらって本格的な調査をした結果、このような庭園が発掘されたということでした。

 

こんな貴重な写真も見せていただきました。庭園が発掘された竹藪の竹が取り除れたときの写真です。

 

 

魔訶耶寺の庭園は、平安末期から鎌倉初期の当時の姿を80%残してあるという非常に歴史的価値のある庭園だったりします。

 

年配の男性
じゃあ、残りの20%はどうなったか。ここ見てわかるかん?
だっさん
えーっと・・・

 

見ても全然わかりましぇん。(^^;)

 

というわけで教えてもらったのが、田んぼの畦道みたいになっているここ↓

つまり、もともとは(向かって)右側に大きかった池が埋められてこのようになっているんです。なぜかというと、右側の垣根を超えたその先に駐車場があるから。そのスペースを確保するために埋められたというわけ。言われてみれば、あーなるほどと思うけど・・・。

 

また、このような川原石が発掘されたことから、池はもっと手前・・・茶室寄りにも大きかったのではないかという説が濃厚みたいです。一口に日本庭園といってもいろいろあるんだなぁと勉強になりました。

 

護摩堂

 

大福寺

「からかわの猫にあらねば三味線の糸をも引かぬ浜名納豆」

大福寺といえば、なんといっても浜名納豆が有名。歴代の将軍に献上されており徳川中期までは「唐納豆」と呼ばれていました。徳川家康公の好物でもありました。納豆といっても、「糸をも引かぬ」とあるように一般的な納豆とは見た目も味も違います。

 

 ※公式ページより

 

ここから先が有料ゾーン。

 

宝物館

こちらには、普賢十羅刹女像、金銅装笈、瑠璃山年録残編など貴重な仏像や書物などが展示されています。いずれも国指定重要文化財。

 

庭園

900坪ある池泉観賞兼廻遊式庭園。元禄時代の茶祖・山田宗偏が滞在中に手を加えたことから宗偏好みの庭園として知られています。

 

本堂

薬師瑠璃光如来坐像が祀られています。尚、薬師瑠璃光如来坐像は、45年に一度しか御開帳されない秘仏です。

 

西門

境内からポツンと離れたところにあります。もともとはかなり広大な寺であり、その名残がここにあります。

 

初山宝林寺

こちらの「初山宝林寺」は黄檗宗の寺院であり、中国明朝風様式の建物となっています。井伊谷三人衆(近藤康用、菅沼忠久、鈴木重時)のひとりの1人、近藤康用公の子孫である近藤貞用公が、近藤家の菩提寺となる初山宝林寺を建立しました。

 

仏殿

国の重要文化財です。屋根は、杉の板材を用いた「杮(こけら)葺き」です。中に入ってみると、床には瓦板が敷き詰められています。

 

釈迦三尊像(県指定文化財)

 

達磨大師像(県指定文化財)

 

梁の武帝像(県指定文化財)

 

 

二十四諸天像(県指定文化財)

 

報恩堂

黄檗宗開祖・隠元禅師の像や、近藤家代々の位牌が安置されています。

 

阿弥陀三石仏と金鳴石

金鳴石は、願い事をして手前にあるその石で叩くと金運の御利益があると言われています。ここぞとばかりに、しっかりと金運をお願いしてきました。

 

 

竜文堂

鎮守龍文坊大権現が祀られています。鎮守龍文坊大権現の逸話はこちら

 

 

方丈

こちらも国の指定文化財。こちらの屋根は茅葺です。

 

庭園

 

石仏五如来

左から、阿弥陀如来、釈迦如来、大日如来、薬師如来、寶生如来。

 

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こんな感じで、またまたお寺巡りをしてきました。お寺を巡ると、貴重な文化財を見ることができたり、歴史に触れたりしてなかなか面白いです。

ではまた~。