言わずと知れた人気バンド「 SEKAI  NO  OWARI」のメンバー・Saoriこと藤崎彩織さんの小説です。直木賞の候補にもなった作品でもあります。

 

ボーカルの深瀬さんから「小説を書いてみなよ」と勧められ、「そんなの無理だよ」と断ったものの「やってもいないのに、無理って言うな」と叱りつけられて書き始めたのだとか。

 

一晩身を削って書き上げたものを、朝になれば自ら“ゴミ”だと言い切ってしまうほどその仕上がりに愕然とする日々。“それが地獄のはじまりでした”と振り返るほど、彼女にとってこの小説を書きあげるまでの5年の日々は苦悩の連続だったのだそう。

 

読んでみて真っ先に思ったのは、なんて正直でストレートな文章を書くのだろうということでした。

 

あとがきに記された、主人公・夏子とともに苦しんで泣いた日々

あとがきに自分の経験をベースに書かれてある通り自伝的小説。どこまでがフィクションでどこまでがノンフィクションかというのは置いといて、少なくとも経験として主人公・夏子と同じ想い、苦悩をくぐらないと書けないものだということは読めばすぐにわかりました。まさに、感情のありのままをあますことなく小説にぶつけた感じ。

 

私は夏子が苦しみ、泣いている時、同じように苦しみ、泣いていないと文章が書けませんでした。ある時はスターバックスで涙をこらえ、ある時は飛行機の中で胸を押さえながら文章を書きました。

月島が叫ぶシーンでは、私も自分の部屋で叫びました。

うん、本当にそうだったのだろうなと思います。「好き」という感情だけでは割り切れない月島に対する感情の揺れ動きは、それくらい繊細かつ複雑でありそれが丁寧に細やかに描写されています。

 

自分の心と対峙しながらそれをド正面から受け止めこれほどまで素直にありのまま言語化するには、たぶんものすごいエネルギーが要りますよね。時にはふさがっていた傷を無理やり抉らなければならないだろうし、思っているよりもずっとずっと難しいことは短歌をやっているので少しはわかります。今の私には、これほどまで心をさらけ出す勇気は持てないし、こんなにストレートで素直な文章は書けません。

 

だから、ここまで書き上げるのにどれだけの勇気を振り絞り、苦しみ、どれだけ泣いてきたのだろうと想像すると、勝手に胸が締め付けられました。

 

どこまでも「友達以上恋人未満の関係」が切ない

同じ中学に通う先輩の月島に、主人公・夏子が声をかけたのがきっかけで2人は仲良くなり、やがて夏子は月島に恋をします。そんな2人の関係性はというとこんな感じ。

月島は時々、気まぐれに私のことを恋人と呼ぶことがある。

~中略~

それは明らかに手間を省くためのものだったが、私は紹介される傍らで、いつも驚きを隠せなかった。

恋人?

他の人の前だけでも、恋人と呼ばれると、体の内側がくすぐったいような喜びで溢れていく。

でも、それだけだ。例えば、嫉妬する権利を持ったり、当然のように他の女性とのかかわりを禁じたりすること、など。私たちの関係は、それらの定義を満たしていない。

 

月島は、きっと知っている。

私が月島の恋人でありたいと思っていることを。

月島の正直な言葉に傷つきながら、嘘のない言葉を聞いていられるのを嬉しく思っていることを。そして、悲しい思いをしていることを。

知りながら、気まぐれに私のことを「恋人」と呼んだり、「友達」と呼んだりして、いつも少し笑って、かつ思えば突然落ち込んで、嵐のように生活ごと巻き込んでいったかと思えば、ある日ひょろっと私のところからすり抜けているのだ。まるで抱っこされるのが嫌いな猫みたいだ。

 

帯に「大切な人を大切にすることがこんなに苦しいなんて」と書かれてあるのですが、「大切な人を大切にすることを」夏子は恋人として、月島は“同志”としてそうすることを望んでいるというね。

 

でもって厄介なのは、惚れた弱みにつけ込んでなのか知らないけど、精神的に弱っていくるとここぞとばかりに依存して構ってくるのが月島みたいなタイプ。じゃあ、少しは期待してもいいのかと淡い希望を抱くと見事に打ち砕かれてしまう・・・でも、それを表立って責めることもできない・・・。だって正式な恋人じゃないから。

 

とらえどころのない月島に翻弄されそんな日々に疲れ切ってどうしようもないのに、逃げたくても逃げられない、離れたくても離れられない・・・。真綿でじわりじわりと首を絞めつけられるように追い詰められてしまうという、精神的に一番キツいやつだよね。こういうの。

 

彼は知っているのだろうか。かつて私が彼とふたごになりたくて、どれだけ苦しかったのかを。ふたごになんかなりたくないと、どれだけ1人で泣いた夜があったのかを。

 

女性なのでどうしても夏子目線になってしまうのですが、月島は月島でなじめない環境の中ですさまじい心の葛藤をしています。結果的にそれが夏子を振り回すことになるのですが、それが時に気高く神聖でとてつもなく美しくあり、だからこそ余計に夏子の想いが切ないんですよね。

 

「友達以上恋人未満」といってしまえばそうなんだけど、それだけでは言い表せない超越した深いつながりが確かにあって、その関係性はそれだけいろんな苦難を乗り越えてきたからこそなのだろうと思いました。

 

***

 

ディズニーのようなワクワク感とボーカルの深瀬さんの澄んだ声と相まって、「 SEKAI  NO  OWARI」の音楽といえば思い浮かぶのは“ファンタジー” その世界観も大好きですが、新曲の「サザンカ」という曲が特に好きです。

 

聴いていると泣きながらPCに向かって小説を書いている彩織さんのことが浮かんでくるんですよね。あくまで勝手にそう感じているだけのことですが。

 

 

 

 

 

最後に、この一首で締めくくりたいと思います。

 

これほどの痛みをくれる君にこそふさわしかった肩書がある

 

では、また~。

 

※彩織さんのインタビュー記事