Wikipediaより

 

「動けば雷電の如く発すれば風雨の如し、衆目駭然、敢て正視する者なし。これ我が東行高杉君に非ずや」  伊藤博文
動けば雷電の如く、言葉を発すれば風雨の如し、多くの人はただ驚くばかりで敢えて正視する者すらいない。これが我が東行高杉である

 

 

5月17日の今日は高杉晋作の命日にあたります。初代内閣総理大臣・伊藤博文が評するように、高杉晋作という人物はとかく豪快で激しい性格だったようです。

 

高杉晋作といえば下関砲撃事件。下関海峡を通過した軍艦を砲撃した報復に、アメリカ、イギリス、フランス、オランダの四か国艦隊にボッコボコにされたのが下関砲撃事件。いわゆる馬関戦争なわけですが、その後の諸外国との交渉役として抜擢されたのが高杉晋作。そのときの彼は投獄の身だったにも関わらず、やはり高杉晋作じゃなきゃダメだと呼び戻されたというのだから、「雷電の如く、風雨の如し」はそれほどだったということなのでしょうね。

 

イギリスは長州藩に対して彦島の租借を求めてきましたが、かつて清国へ視察で訪れた際に租借された土地の人々が酷い目に遭っているのを目の当たりにしていた高杉は、それだけは頑として受け入れませんでした。もしここで租借を阻止することができなければ、日本の歴史は全く変わっていたかもしれません。

 

我が推しである天才凡人「お前は俺よりマシ Produced by SHIROSE from WHITE JAM」という曲に、「動けば雷電の如く発すれば風雨の如しですね」という歌詞があるんですけど、当初はただ雷電や風雨の如く激しいぐらいの意味にしか思っていませんでした。のちに、あぁそういう由来があったのねと知って以来、とても偉大な方であり畏れはありつつもどこか勝手に親しみを感じています。

 

 

 

おもしろきこともなき世を面白くすみなすものは心なりけり 高杉晋作
面白いことの
ない世を面白くするもの心持ち次第である

 

高杉晋作が詠んだとされる有名な短歌ですが、彼が書き残した上句に、野村望東尼が下の句を付け加えたというのが一般的な説となっています。

 

抗ってもどうにもならないことっていっぱいあるし、ままならないことも山ほどあるけど、手札の中でできることやおもしろきことにどれだけ目を向けられるかどうか。それによって心の満たされ方がずいぶんと違ってくるような気がします。特にコロナ渦においては、教訓としてこのマインドがとても大事だと思い知らされました。“おもしろくない”と手を拱くより、できることをできるだけやっておもしろくしていく、雷電の如く風雨の如く・・・そう体現していったのが高杉晋作だったのかなと感じます。

 

 

ちなみになんですが、天才凡人の「裏TOKYO」という曲には、「おもしろきこともなき世をおもしろく生きましょう」という歌詞もあります。